不眠症の原因を振り返る。家族間の問題はどうやって解決すべきだったか?

私が不眠症の原因になった直接の原因は、家族間のトラブルです。これは今でも完全には解決されていませんが、当時の悩みと比べれば、問題はほぼ解決したと言えます。今だったらどうやって解決をしたことかを考えてみたいと思います。

家族の癌は祖父

私の家族の癌は祖父でした。昨年、90歳で亡くなったので、ようやく気持ちの整理がついたのでネットに書き記すようになれました。

まず、祖父がどんな人物だったかというと、一言で言えば「裸の王様」です。戦争で兄弟を亡くし、実質1人っ子のような感じで育てられました。祖父の親は蚕の事業を営んでいて、ある程度の財を築いたそうですが、祖父に事業を引き継いでからは、あっという間に事業は潰れてしまったそうです・・・

それでも土地を多く所有していたので、それが全て祖父の手に渡りました。祖父はそれを全て自分の財産だと思い、土地を売っては豪遊しという行為を繰り返しました。

祖父はサラリーマンとして働いたことがありません。私が小学生の時は、市議会議員をやっており、上から数えた方が早いポストについていました。私から見れば無能の一言のような人物ですが、議員でポストをやっていたことを考えると、責任能力や管理職としての能力はあったのかもしれませんが、私は一切能力を認めません。

母が病気で亡くなった原因は、祖父の異常なまでのわがままです。全て母親がお世話をしており、まさに家政婦という言葉がぴったりでした。母親が亡くなったことは悲しかったのですが、そんな祖父の元を早く離れられたことは良かったのではないか?と思うことも多々あります・・・

我慢はすぐに限界を超えた

母親が他界し、祖父との生活が始まりましたが、わずか二ヶ月しか耐えることができませんでした。朝起きる時間、食事の時間、犬の散歩にいく時間、おやつの時間など、全てがスケジュール化されており、1分でも遅れると烈火のごとく怒ります・・・

ちょうど新卒で既卒になってしまった自分は就職活動もしなくてはいけないのに、家政婦状態で何もできることがありません。不幸なことにそんな束縛生活なのに、当時遠距離で付き合っていた彼女も30分連絡がないだけで怒る子で、毎日がストレスの塊でした。

結局、我慢できなくなった私は実家を出てひとり暮らしを始めますが崩壊してしまったメンタルは以後10年ずっと不安定なままでした。

当時はどうすればメンタルが崩壊しなかったのか?

1番の失敗だったのは、祖父の世話がありバイトも何もできずに、ずっと祖父と家で過ごしていたことです。これがバイトでもいいので、半日以上家の外に出ていれば、ずっと気が楽だったのかもしれません。

一緒に暮らしていた父に相談すればよかったのですが、正直父との仲はあまり良くなく会話がほとんどなかっったのです・・・高校時代は口をきくことすらほとんどなく、大学生になりようやく少し会話を交わす程度でした・・・

ここで完全に私は孤立していました。彼女という最大の頼みの綱も、理解を得ることができずに1人ぼっちでした。

この時に失敗だったのでは友達でもいいから、悩みを打ち明ける相手を見つけるべきだったと思います。あとは、もっと早い段階で診療内科にいき、カウンセリングも受けるべきだったと思います。

1番苦しい悩みを全部自分の心の中で消化し、解決するというのは、キャパオーバーというか無理なことだったと今では思います。

いまだに自分1人で悩みを抱えることが多いのですが、今は、仕事の悩み、家族の悩みなど、それぞれを話せる相手がいるので、昔に比べれば悩みを貯めこんでしまうことは減っていますし、定期的にカウンセリングにも通っています。

悩みを1人で抱え込んでしまう人は私のように多いと思いますが、そういう時こそ自分の中に篭もらず、話せる相手を見つけて欲しいと思います。

信頼できる相手を見つけることは簡単ではありませんが、今のカウンセラーさんのことは信頼できています。

今ならこうすると思う。まとめ

家の外に出る(バイト、趣味、遊びにいくなど)
家族に相談をする
彼女がダメなら友人
カウンセラーさんに相談する
日記を書いて、悩みを持ち越さないで消化する